飯塚市観光ポータル

国の重要文化財に指定されている立岩遺跡の出土品をはじめ縄文、弥生、古墳時代の出土品や中国西安市から寄贈された秦始皇帝兵馬俑などが展示されています。また、伊藤伝右衛門と柳原白蓮に関する写真等の展示コーナーもあります。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界記録遺産登録(田川市)の山本作兵衛の原画等13点を展示中
黒田二十四騎図絵馬(曩祖八幡宮所蔵)を展示中

【開館時間】9:30~17:00 (入館16:30まで)
【休館日】毎週水曜日(祝日除く)、年末・年始(12月29日~翌年1月3日)
※展示替えやくん蒸発消毒のため臨時休館の場合もあります。ご確認のうえ、ご来館くださいますようお願い申し上げます。

【入館料】一般(団体):230円(160円)、高校生(団体):110円(70円)、小・中学生(団体):50円(30円)
※( )内は20人以上の団体料金。土曜日は高校生以下無料。
※身体障がい者手帳、療育手帳、精神障がい者保健福祉手帳をご提示された場合は無料。

◆◇◆◇◆ 企画展示/イベント情報 ◆◇◆◇◆

【企画展】戦争と人々のくらし展 ~戦地からの便り~
会期:7月22日(木)~8月24日(火)
※水曜日休館
・戦艦「金剛」の軍艦旗
・軍事郵便、寄せ書き、防空頭巾
・惣門秀男氏の回顧録、等の戦争関係資料を展示
・1964年東京オリンピックの聖火リレー関係の資料を展示

【庭園ゼミ】参加者募集!
日 時:令和3年9月29日(水)
     テーマ①13時30分~14時40分
     テーマ②14時50分~16時20分
テーマ:①〈講話・見学〉日本庭園の見方・楽しみ方
      講師:福岡県九州国立博物館・世界遺産室 正田 実知彦 氏
    ②〈剪定実技講習〉名勝庭園を剪定しよう
      講師:京都芸術大学日本庭園・歴史遺産研究センター 片石 高幸 氏
参加費:無料
定 員:20名(応募多数の場合は抽選)
会 場:旧伊藤伝右衛門邸/旧伊藤傳右エ門氏庭園(飯塚市幸袋300番地)
※事前申込みが必要です。申込み方法は飯塚市歴史資料館公式ホームページでご確認ください。

【おもしろ体験歴史館】前漢鏡(ぜんかんきょう)ミニレプリカ鋳造(ちゅうぞう)体験
重要文化財である前漢鏡(日有喜銘鏡)の約3分の1スケール(5.5cm程度)のレプリカを作成します。
・定員(先着)・・・5名(定員到達)
・参加費・・・500円
日時:8月7日(土)13時30分~15時30分
≪申し込み方法≫
当館へ電話またはFAXで、名前・住所・電話番号・申し込みたい体験内容(上記①②を選択をご連絡ください。
※対象:小・中学生(小学3年生以下は保護者同伴)
※汚れても良い動きやすい服装や靴、帽子、手袋などをご準備ください。

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名称飯塚市歴史資料館(いいづかしれきししりょうかん)
住所福岡県飯塚市柏の森959-1
アクセス★JR新飯塚駅東口から徒歩5分、★西鉄柏の森バス停から徒歩2分
電話番号0948-25-2930
HPhttp://www.city.iizuka.lg.jp/rekishi/index.htm

33.6428162

130.6967333

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0948-25-2930

http://kankou-iizuka.jp/images/topic/mapicon.png

飯塚市歴史資料館(いいづかしれきししりょうかん)

福岡県飯塚市柏の森959-1

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柳原白蓮 歌碑(やなぎはらびゃくれん かひ)
柳原白蓮歌碑 「筑紫の女王」とも呼ばれ、飯塚に縁のある歌人柳原白蓮の歌碑が旧伊藤伝右衛門邸近くと嘉穂劇場近く、飯塚商工会議所近くの遠賀川河川敷、北九州に向かって左岸に計3基建立されています。 ■歌碑概略 ■嘉穂劇場側の歌碑概略■ 師の君の 来ますむかふと 八木山の 峠の若葉 さみどりのして 解説 早春の頃に自分の師が遠い九州の地に来て頂く折に博多駅へ出迎えに行く途中、八木山は新緑に萌え、若葉に自分の心境をだぶらせ、清清しい気分で峠を越え師との再会に心も弾んでいた気持ちを表した歌です。 ■飯塚商工会議所側の歌碑概略■ 遠賀川 小暗き中に 銀色の 光りは長く 夜は明け染めぬ 解説 遠賀川は、うす暗い中にも川面は銀色に輝き、夜が明けていく風情を詠った歌です。 ■旧伊藤伝右衛門邸側の歌碑概略■ おもひきや 月も流転の かげぞかし わがこしかたに 何をなげかむ 解説 晩年にわが身をふりかえり月の満ち欠けと自分の一生を思い合わせて「わがこしかたに何をなげかむ」と強く生きる覚悟を表した歌です。 ■『踏絵』 白蓮著 『踏繪』は柳原白蓮が最初に出した歌集で、若き白連の告白的短歌の結晶といわれ、大正4年3月に竹柏会より出版されました。「白連は藤原の女なり。」で始まる序章は佐佐木信綱、装丁は竹下夢二による物です。浪漫的であでやかな作風、夢と悩みと憂愁と沈思のこもった300余首が綴られています。 『踏絵』には、夫の愛情を感じられない暮らしから生じた悲痛なまでの孤独や、鮮烈な言葉で恋心を詠んだ火のような歌が数多く詠まれています。白蓮は、その処女歌集により歌詠みとしての名声を手にしました。 その後、戯曲『指鬘外道』を通じて宮崎龍介と運命的な出会いを果たします。事件後は結核を発症した龍介に寄り添いながら、筆一本で家計を支えます。 最愛の息子の戦死後は「慈母の会」をつくり平和運動に献身。82歳で龍介に看取られるまで幸せに暮らしたといわれています。 『踏繪』は旧伊藤伝右衛門邸内「ミュージアムショップ白蓮」、飯塚観光ネットショップにて販売しています。 ■白蓮の生涯 絵葉書 柳原白蓮 柳原伯爵の家系で愛育された白蓮は、14歳で子爵北小路家に嫁ぐも5年後に離婚。その後27歳のとき、一代で巨万の富を築いた立志伝中の炭鉱王、伊藤伝右衛門と再婚し筑豊の地へ嫁ぎました。大正天皇の従妹にあたる白蓮を迎えた伝右衛門は、豪奢な住まいを用意し、歌集の出版を後押しし、金銭的に何不自由ない暮らしを与えました。しかし、白蓮は伝右衛門の愛情を感じることができず孤独に懊悩し、その苦しみを歌に託すことを生きがいとします。大正7年、白蓮が記した戯曲を通じて知り合った7歳年下の宮崎龍介と出会い、700通のラブレターを交わすほど熱烈な恋に落ち、大正10年に事件を起こします。  「・・・私は金力を以つて女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の決別を告げます。・・・」という内容の伝右衛門への絶縁状を新聞紙上に公開して駆け落ち。姦通罪がある時代に白蓮が起こしたこの行為は、当時大きな波紋を巻き起こし白蓮事件と呼ばれました。 事件後は結核を発症した龍介に寄り添いながら、筆一本で家計を支えます。 最愛の息子の戦死後は「慈母の会」をつくり平和運動に献身。82歳で龍介に看取られるまで幸せに暮らしたといわれています。

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TEL : 0948-22-3511 FAX : 0948-22-2528

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