飯塚市観光ポータル

県内で最も天然ラドンの含有量の高い冷鉱泉です。日帰り入浴も宿泊もできます。
食堂や大広間もあり、ゆったりくつろげる施設です。
フロントにあるかわいい小物たちは見ているだけで楽しくなります。ぜひ、ご覧になってください。

■ラドン水 10リットル 100円 (500円でポリ容器も販売しています)
大勢のファンが集まるラドン水。放射性物質ラウジムから出来るラドンを豊富に含んだ水は、「とにかく美味」「関節痛や神経痛に効く」と浴用や飲用に適しており評判です。
浴用では通風・動脈硬化症・慢性胆嚢炎・胆石症・高血圧症・慢性婦人病・慢性皮膚病・アトピーなどに効果的。飲用では通風・慢性消化器病・慢性胆嚢炎・胆石症・神経痛・筋肉痛・関節痛などに効果があります。
飲用では料理に使うと素材の風味が引き出され、まろやかな味になるといいます。
温泉のそばに設けたラドン水の自動販売所は、味にこだわる店主ら県内外から大勢の人が集まります。

■温泉のご案内
大浴場は1週間ごとに男湯と女湯が交代。シャンプーや石鹸も完備しています。
◆泉質 ラジウム温泉・ラドンの含有量 287.1×10^-10 Ci/kg(78.9M.Ekg)
「泉浴用の適応症」
リウマチ・通風・動脈硬化・慢性肝・アトピー・外傷後遺症・胆道疾患
「飲用の適応症」
通風・慢性消火器病・慢性胆嚢炎・胆石症・神経痛・筋肉痛・関節痛
◆お風呂の種類
・うたせ湯 ・電気風呂 ・気泡風呂 ・蒸し風呂 ・ジェット風呂 ・家族風呂
こうの湯温泉では天然のラジウム泉を利用した気泡風呂やジェット風呂、電気風呂などもご用意しております。
◆料金
入浴料:大人700円 子供330円  3歳以下無料
家族風呂:1時間 300円(延長30分毎に300円) 
※別途入浴料が必要です。※9:00-23:00

■宿泊のご案内(チェックイン 午後4時/チェックアウト 午前10時)
 2人部屋(6畳) 5,000円(入浴料金含む)
 3人部屋(8畳) 7,000円(入浴料金含む)
  ※お1人様追加につき1,000円増し。
   但し、2人部屋は3人まで、3人部屋は4人までになります。
 洋室(お1人様)3,000円(入浴料金含む)
   (お2人様)5,000円(入浴料金含む)
   ※洋室は、1室のみです。ご了承下さい。

■休憩のご案内 ※別途、入浴料が必要です。
 有料休憩室(2F/客室で休憩できます。)
  6畳 <1時間> 1,000円(入浴料金は含みません)
  8畳 <1時間> 1,300円(入浴料金は含みません)
 無料休憩室(1F/大広間)
  畳敷きの広い休憩室です。温泉の後にのんびりできます。

■お食事処 はらの
人気NO.1は「ちゃんぽん」です!
60名様収容、大小宴会ご予約承ります。
【営業時間】
月〜金   11:00〜21:00(20:30 OS)
土・日・祝 11:00〜21:30(21:00 OS)

ジャンル食べる 泊まる
名称こうの湯温泉(伊川温泉)
住所福岡県飯塚市伊川82-33
アクセスJR福北ゆたか線 飯塚駅からタクシー利用15分 九州自動車道 八幡ICより国道200・201号線経由、八木山峠方面へ13km
電話番号0948-28-4126

33.64699673

130.646166

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130.646166

0948-28-4126

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こうの湯温泉(伊川温泉)

福岡県飯塚市伊川82-33

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柳原白蓮 歌碑(やなぎはらびゃくれん かひ)
柳原白蓮歌碑 「筑紫の女王」とも呼ばれ、飯塚に縁のある歌人柳原白蓮の歌碑が旧伊藤伝右衛門邸近くと嘉穂劇場近く、飯塚商工会議所近くの遠賀川河川敷、北九州に向かって左岸に計3基建立されています。 ■歌碑概略 ■嘉穂劇場側の歌碑概略■ 師の君の 来ますむかふと 八木山の 峠の若葉 さみどりのして 解説 早春の頃に自分の師が遠い九州の地に来て頂く折に博多駅へ出迎えに行く途中、八木山は新緑に萌え、若葉に自分の心境をだぶらせ、清清しい気分で峠を越え師との再会に心も弾んでいた気持ちを表した歌です。 ■飯塚商工会議所側の歌碑概略■ 遠賀川 小暗き中に 銀色の 光りは長く 夜は明け染めぬ 解説 遠賀川は、うす暗い中にも川面は銀色に輝き、夜が明けていく風情を詠った歌です。 ■旧伊藤伝右衛門邸側の歌碑概略■ おもひきや 月も流転の かげぞかし わがこしかたに 何をなげかむ 解説 晩年にわが身をふりかえり月の満ち欠けと自分の一生を思い合わせて「わがこしかたに何をなげかむ」と強く生きる覚悟を表した歌です。 ■『踏絵』 白蓮著 『踏繪』は柳原白蓮が最初に出した歌集で、若き白連の告白的短歌の結晶といわれ、大正4年3月に竹柏会より出版されました。「白連は藤原の女なり。」で始まる序章は佐佐木信綱、装丁は竹下夢二による物です。浪漫的であでやかな作風、夢と悩みと憂愁と沈思のこもった300余首が綴られています。 『踏絵』には、夫の愛情を感じられない暮らしから生じた悲痛なまでの孤独や、鮮烈な言葉で恋心を詠んだ火のような歌が数多く詠まれています。白蓮は、その処女歌集により歌詠みとしての名声を手にしました。 その後、戯曲『指鬘外道』を通じて宮崎龍介と運命的な出会いを果たします。事件後は結核を発症した龍介に寄り添いながら、筆一本で家計を支えます。 最愛の息子の戦死後は「慈母の会」をつくり平和運動に献身。82歳で龍介に看取られるまで幸せに暮らしたといわれています。 『踏繪』は旧伊藤伝右衛門邸内「ミュージアムショップ白蓮」、飯塚観光ネットショップにて販売しています。 ■白蓮の生涯 絵葉書 柳原白蓮 柳原伯爵の家系で愛育された白蓮は、14歳で子爵北小路家に嫁ぐも5年後に離婚。その後27歳のとき、一代で巨万の富を築いた立志伝中の炭鉱王、伊藤伝右衛門と再婚し筑豊の地へ嫁ぎました。大正天皇の従妹にあたる白蓮を迎えた伝右衛門は、豪奢な住まいを用意し、歌集の出版を後押しし、金銭的に何不自由ない暮らしを与えました。しかし、白蓮は伝右衛門の愛情を感じることができず孤独に懊悩し、その苦しみを歌に託すことを生きがいとします。大正7年、白蓮が記した戯曲を通じて知り合った7歳年下の宮崎龍介と出会い、700通のラブレターを交わすほど熱烈な恋に落ち、大正10年に事件を起こします。  「・・・私は金力を以つて女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の決別を告げます。・・・」という内容の伝右衛門への絶縁状を新聞紙上に公開して駆け落ち。姦通罪がある時代に白蓮が起こしたこの行為は、当時大きな波紋を巻き起こし白蓮事件と呼ばれました。 事件後は結核を発症した龍介に寄り添いながら、筆一本で家計を支えます。 最愛の息子の戦死後は「慈母の会」をつくり平和運動に献身。82歳で龍介に看取られるまで幸せに暮らしたといわれています。

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