飯塚市観光ポータル

福岡から飯塚に通じる八木山峠の頂上に立地し、のどかな自然の中で、厳選された最高の素材と豊富な天然水を使って造られた豆腐専門のお店です。福岡遠賀の地蔵作家“信行真哉”さんのお地蔵様の絵が皆様をお出迎え。広い店内ではゆっくりとお買い物ができます。お買い物のお客様は無料で天然水の給水がご利用いただけます。夏・冬関わらず沢山の人が清水を求めてご来店されます。

■商品紹介
◆地蔵とうふの豆乳
毎朝のドリンクとして、豆乳鍋や手造りとうふ料理に。
◆ざるとうふ
地蔵とうふの一番人気。
固めの歯ごたえに大豆の甘みと旨みが凝縮しています。
◆黒大豆ざる豆冨 ※季節限定
北海道産の大粒大豆のみを使用。黒大豆の栄養価はご周知の通り。
◆豆乳パン ※季節限定
天然酵母と石窯焼にこだわり、素材の甘みを実感できるパンができました。
◆豆乳プリン
着色料・保存料なども使わない手造りの味はお子様からのリクエストが多い商品です。
この他、定番商品、オリジナル商品を多数取り揃えております!!

■こだわりのとうふづくり
●大豆は農作物であり、その土地の天候・気候状況により大豆の出来が左右されます。
地蔵とうふでは毎年、新豆の時期には2〜3種類の国産大豆を試し、一番状態の良い大豆のみを厳選し、使用しております。
遺伝子組み換え大豆は一切使用しておりません。
●瀬戸内海で生まれた天然のにがりにこだわりました。
にがり(主成分:塩化マグネシウム)は、大豆の旨みを引き出してくれるので風味よく美味しく出来上がります。
又、天然成分のためミネラルを多く含み、マグネシウム不足と言われる日本人の健康を助けてくれます。
地蔵とうふではそれぞれのとうふでにがりの配合を変えているため、それぞれが違った独自の甘みを持っています。是非食べくらべ下さい。
●大豆の甘みを最大限に引き出してくれる天然水。
八木山は福岡と飯塚を繋ぐ山で、地蔵とうふはその頂上付近に位置します。
利便性には欠けますが、のどかな自然と豊富な水に恵まれた所です。
天然水の為、年2回の水質検査をして、安全・安心なとうふつくりに努めています。
地蔵とうふの製造過程では、すべてこの天然水が使われています。

【営業時間】9:30~17:30
【駐車場】 有(大型可)

ジャンル買う 食べる
名称八木山 地蔵とうふ(やきやま じぞうとうふ)
住所〒820-0047 福岡県飯塚市八木山860番地
アクセス ◆八木山本店  → 国道202号線に沿って八木山峠を上り、八木山小学校近く(福岡インターより20分)
電話番号0948-28-5613
HPhttp://www.jizo-tofu.com/index.html

33.6272073

130.6049195

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0948-28-5613

http://kankou-iizuka.jp/images/topic/mapicon.png

八木山 地蔵とうふ(やきやま じぞうとうふ)

〒820-0047 福岡県飯塚市八木山860番地

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柳原白蓮 歌碑(やなぎはらびゃくれん かひ)
柳原白蓮歌碑 「筑紫の女王」とも呼ばれ、飯塚に縁のある歌人柳原白蓮の歌碑が旧伊藤伝右衛門邸近くと嘉穂劇場近く、飯塚商工会議所近くの遠賀川河川敷、北九州に向かって左岸に計3基建立されています。 ■歌碑概略 ■嘉穂劇場側の歌碑概略■ 師の君の 来ますむかふと 八木山の 峠の若葉 さみどりのして 解説 早春の頃に自分の師が遠い九州の地に来て頂く折に博多駅へ出迎えに行く途中、八木山は新緑に萌え、若葉に自分の心境をだぶらせ、清清しい気分で峠を越え師との再会に心も弾んでいた気持ちを表した歌です。 ■飯塚商工会議所側の歌碑概略■ 遠賀川 小暗き中に 銀色の 光りは長く 夜は明け染めぬ 解説 遠賀川は、うす暗い中にも川面は銀色に輝き、夜が明けていく風情を詠った歌です。 ■旧伊藤伝右衛門邸側の歌碑概略■ おもひきや 月も流転の かげぞかし わがこしかたに 何をなげかむ 解説 晩年にわが身をふりかえり月の満ち欠けと自分の一生を思い合わせて「わがこしかたに何をなげかむ」と強く生きる覚悟を表した歌です。 ■『踏絵』 白蓮著 『踏繪』は柳原白蓮が最初に出した歌集で、若き白連の告白的短歌の結晶といわれ、大正4年3月に竹柏会より出版されました。「白連は藤原の女なり。」で始まる序章は佐佐木信綱、装丁は竹下夢二による物です。浪漫的であでやかな作風、夢と悩みと憂愁と沈思のこもった300余首が綴られています。 『踏絵』には、夫の愛情を感じられない暮らしから生じた悲痛なまでの孤独や、鮮烈な言葉で恋心を詠んだ火のような歌が数多く詠まれています。白蓮は、その処女歌集により歌詠みとしての名声を手にしました。 その後、戯曲『指鬘外道』を通じて宮崎龍介と運命的な出会いを果たします。事件後は結核を発症した龍介に寄り添いながら、筆一本で家計を支えます。 最愛の息子の戦死後は「慈母の会」をつくり平和運動に献身。82歳で龍介に看取られるまで幸せに暮らしたといわれています。 『踏繪』は旧伊藤伝右衛門邸内「ミュージアムショップ白蓮」、飯塚観光ネットショップにて販売しています。 ■白蓮の生涯 絵葉書 柳原白蓮 柳原伯爵の家系で愛育された白蓮は、14歳で子爵北小路家に嫁ぐも5年後に離婚。その後27歳のとき、一代で巨万の富を築いた立志伝中の炭鉱王、伊藤伝右衛門と再婚し筑豊の地へ嫁ぎました。大正天皇の従妹にあたる白蓮を迎えた伝右衛門は、豪奢な住まいを用意し、歌集の出版を後押しし、金銭的に何不自由ない暮らしを与えました。しかし、白蓮は伝右衛門の愛情を感じることができず孤独に懊悩し、その苦しみを歌に託すことを生きがいとします。大正7年、白蓮が記した戯曲を通じて知り合った7歳年下の宮崎龍介と出会い、700通のラブレターを交わすほど熱烈な恋に落ち、大正10年に事件を起こします。  「・・・私は金力を以つて女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の決別を告げます。・・・」という内容の伝右衛門への絶縁状を新聞紙上に公開して駆け落ち。姦通罪がある時代に白蓮が起こしたこの行為は、当時大きな波紋を巻き起こし白蓮事件と呼ばれました。 事件後は結核を発症した龍介に寄り添いながら、筆一本で家計を支えます。 最愛の息子の戦死後は「慈母の会」をつくり平和運動に献身。82歳で龍介に看取られるまで幸せに暮らしたといわれています。

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